名刀 彼の名は『こてつ』

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

僕は石ころ。地球の誕生とともに生まれた。

人間なんかよりもずっと昔から地球上を闊歩していた偉大な存在なのに。今はどうだろう、さっきからとある少女にずっと蹴り飛ばされている。
赤いランドセルを背負った少女は、ご満悦な表情で僕の後を歩いてくる。
僕を蹴り飛ばすたびに、白いスカートがふわりと浮く。パンツが見えるぞ、と注意したくても、僕は石ころ、ただ転がることしかできなかった。
スタート地点は、小学校の校門。僕がどういう経緯で校門までたどり着いたかは覚えていないが、偶然的にこの少女に目を付けられたというわけだ。
どうやら「家までこいつを蹴って行く!」と意気込んでいたので、僕は少女の家まで転がされるようだ。
初対面なのに、すでに下校フレンドである。

少女に蹴られ続けて早10分。
到着したのは同じ町内にある神社だった。そこの神社は、誰も近寄らないことで有名だった。
境内にはコケやらカビやらが繁殖していて、息苦しいほどの荒れ具合だった。
「今日はここでセーブする!続きは明日!」と、少女は僕を持ち上げ、さい銭箱の裏に隠すように置いた。
ここなら雨に濡れなくて済むなと、僕は安心して腰を据えた。

しかし、次の日も、その次の日も、少女が僕を迎えにくることはなかった。
下校フレンドと思っていたのは、どうやら自分だけだったようだ。
そりゃそうである。僕は石ころ。ただの石ころなのだから。
きっと僕なんかよりスタイルの良い石ころを見つけて、今度こそ家まで蹴り飛ばしたどり着いたのだろうと、やきもちを焼いたりした。

それから数年、数十年の月日が流れた。
僕はいつも通り、石ころの仕事をやっていた。石ころの仕事とは、地球上に存在することである。
どっしりと、僕はまだ神社のさい銭箱の裏に置かれていた。
いつか僕がここに置かれた日のことを思い出した。
あのときの少女は、もうおばあちゃんになっているのだろうか。はたまた、もうこの世にいないんじゃないか。
そう考えると、涙が出るほど悲しくなった。
僕は石ころだ。涙を流す機能を神から与えられていない。しかし、悲しいという感情は僕の石肌をさらに冷たくした。少女との、たった10分の、旅だった。それでも僕を笑顔で蹴り飛ばしてくれた彼女を、僕は、忘れることができなかった。

ざわ・・・・と、神社を取り囲む木々の葉が揺れた。
こつ、こつ、と、石畳を歩く足音がきこえた。ゆっくりと、おぼつかない足取りでこちらに近づいてくるのがわかった。
さい銭箱の影が、ぬっと人型に伸びた。僕は、一気に緊張した。

僕を、細い指が、持ち上げる。
弱弱しく、握りしめられる。
しわがれた老婆の声で、「待たせたわね。なつかしいわ」とつぶやいた。
その人は、なんとなく面影のある懐かしい笑顔で、僕を見た。

僕と少女の、2度目の旅がはじまる。


自分の心模様を言葉にすることは、なんともパズルな作業である。

35

写真はうちの飼い猫である。気持ちよさそうに眠っている。
猫の社会では、どうやら言葉は存在していないようで、にゃーとかぷーとかしか言わない。
彼が僕に何を望んで声をあげているのか明確にはわからないが、だいたいの鳴き声が「飯をくれ」と叫んでいることだけは感じ取れる。
 
さて、言葉を巧みに操れることは、才能だと考えていいと思う。
僕には語彙力も文章力もないので、こうやって駄文を乱雑に並べることしかできないが、人の心を打つような言葉を的確に選んで綴ることができたら、どれだけ楽しいだろうと思うことがある。

僕は、言葉をうまく使えるようになりたい。
頑張って言葉に愛される努力をしていく所存である。
昼寝をしている猫は、放置だ!!!

終わりの始まりは、光とともに訪れた。
黎明の刻、少女は目を覚ます。左腕で体をむくっと起き上がらせようと力を入れるも、肝心の左腕が消えていた。
ひじから下が、まるで透明人間のように消えている。
それが最初の消失だった。
飼い猫が、少女の残った右手をなめていた。

次の日の朝、曇天模様の空がカーテンから白く見えていた。目を覚ました彼女は、今度は自分の右足が消えていることに気づいた。
なぜか焦りや驚きはなかった。むしろ、スリッパが一つでよいじゃないかと喜ぶほどだった。しかし、スリッパのかわりに松葉づえが必要なことに気づき、それはそれで面倒だなとため息を漏らした。
猫は、持ち主をなくした片方のスリッパを噛んで遊んでいた。

次の日。今度は一気に腰から下が蒸発していた。
これで少女は、ベッドの上から身動きがとれなくなった。
猫は、仕方ないなぁと少女のお腹に乗ってあげた。
幸いにも、少女は残った右手で猫の頭をなでてあげることができた。
それが少女に唯一残された他者の接触だった。それが少女に許された最後の愛情表現だった。

さらに次の日、少女の顔の左半分が消えていた。
脳が半分、空気と化しても、意識はそのままなんだなと不思議な気分だった。

少女は、あと2・3日もすれば自分が完全に消えてなくなってしまうのだなと思った。
死を自覚すると、とたんに寂しく、悲しくなった。
涙がほほを伝って、猫の頭の上に落ちた。
猫はむくっと起き上がり、少女のあごにしずくとなって垂れる涙をなめた。

すでに右手の指は消えかけていた。
消える前にと、少女は手のひらで猫を撫でた。お前は私が飼い主で幸せだったか?なんて、今まで思ったこともない問いを口に出したりした。
少女は最後の力を振り絞って、残った顔半分を窓にこすりつけた。
10センチほど窓が開き、隙間風がさわやかに部屋中を駆け抜けた。

次の日の朝、少女の姿はなくなっていた。
片方のスリッパと松葉づえが無造作に転がっている部屋に、早朝の冷たい風が優しく吹き込んでいた。

猫は少女を愛していた。その愛は脚力となり、猫を世界の果てまで旅させた。
しかし、世界中をくまなく歩いても、猫は少女を見つけ出すことができなかった。それでも猫は諦めなかった。何年も、何年も、肉球に血がにじんでも、足の皮がはがれても、猫は少女を探し続けた。

猫が旅に出て8年目の冬。
とうとう力尽きて道端に倒れこんだ。いつか感じた冷たく優しい風が吹いてた。
もうろうとする意識の中で、たしかに、猫は感じた。
自分の頭をなでてくれるなつかしい感覚、そのやさしさ。なんとか目を開けようとするが、しかし猫にはもうその力すら残されていない。
少女が、自分を持ち上げて、ぎゅうっと抱きしめてくれた気がした。
これでやっと、安心して眠ることができると、猫は。


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