名刀 彼の名は『こてつ』

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

「あなたへの恋心は、前世から枯れることなく咲き続け、私の魂をこの雪へと宿したのです」
少女は冷気とともに愛の言葉を吐き出した。



――それはしんしんと雪の降る静かな夜だった。

僕は囲炉裏(いろり)に覆いかぶさるように暖を取っていた。
極寒の闇に音もなく落ちてくるぼたん雪は、あっという間に集落を包み込んで白くした。
外に出ることもできぬほどだった。僕は春の陽気と桜を桃色を待ち望みながら、かじかんだ手を火にかざしていた。

とんとん、と、薄い木の戸が叩かれた。こんな夜に誰だろうと、立ち上がる。
がらりと戸をひきずると、そこには薄着の少女が立っていた。
「夜分遅くに失礼します。やっとお会いできました。私は、あなたが生まれる前から、あなたを想う女です」
薄い布切れをまとっただけのなんとも寒々しい恰好であった。しかしその身なりとは対照的に、瞳には力強く高貴な眼光を宿していた。細く色の薄い髪は背中を覆うほど長く、光の粉をまぶしたかのようにつややかだった。
顔立ちは、どこか懐かしげに思えてならなかった。
「よくわからんが、こちらで暖まりなさい」
家の中に招くも、少女はそれを拒んだ。寒さに震えているのは僕だけだった。

玄関先で、僕だけ布団を三枚もかぶりながら話を聞いた。
少女に名前はなかった。
初対面にも関わらず、しきりに僕への恋心を説いた。
少女が語るに、前世で少女と僕は夫婦であったようだった。無論、現世を生きる僕にその記憶はない。僕への恋心の強さが、彼女の魂を再び僕のもとへと走らせたのだと言う。しかし一度は終わった恋と、終わった命。そんな寂寥に浸った彼女の想いは、この冬の雪と共鳴し、ぼたん雪を人型へと変化させて彼女が生まれたという。
まさに雪女である。にこりを微笑む少女の唇は、血の気のない灰色であった。

雪女は暖を必要としなかった。むしろ、火や温かい汁物は苦手であった。
僕が囲炉裏で吸い物をすすっていると、決まって距離をおいた。雨戸からのびた氷柱(つらら)を好んで舐めた。

寂しさを紛らわすには、ちょうどよい話し相手だった。
谷底の集落であるが故、水分を多くふくんだぼたん雪が三日に一ぺんは降った。降り積もった重たい雪は、夜に響くすべての音を吸収して、しんと静まり返った無音の世界を作り出す。
そこで僕と雪女は、ささやくほどの声で話をした。
片方は囲炉裏で背中を丸めて、もう片方は冷えた玄関で膝を抱きながら。
何日も、何日も。
不思議と、恐怖や違和感はなかった。むしろ、僕の知らない前世の僕の話を楽しげにする彼女を愛おしく思うほどだった。生まれる前の自分に興味などなかったが、女の嬉々とした話し声が男一人暮らす狭い家に響くだけで、こちらも自然と頬がにこりと緩むのであった。

――しかし僕は気づいていた。

窓辺のつららはしずくを垂らし、まるで砂時計の砂が上から下へ落ちるように何かの終焉を予感させていた。
春は、もうすぐそこまで来ていた。




すべては『じゃがりこ』から始まった。

じゃがりこのパッケージには、『これはかたいお菓子なので気を付けて食べてください』とわざわざ書かれている。
僕は人の親切心を踏みにじるのが大好きな人間なので、2本のじゃがりこを勢いよく奥歯で噛んだ。
それはもう、じゃがりこと僕の奥歯の接触でビッグバンが起こり第二の宇宙が誕生するかのように、はたまた僕の奥歯とじゃがりこが織り成す咀嚼のリズムが、ウィーンのオーストリア顔負けの音色を奏でるように、凄まじい勢いでそいつをかみ砕いた。

すると、砕かれたのは僕の奥歯だった。
音もなく、砕けた振動だけが脳に響く。その瞬間、うわーこりゃまた歯医者地獄が始まるなと、心の底で覚悟と決意を決めるのであった。

僕の得意技は、おいしいコーヒーを淹れることと、歯医者を途中でブッチすることだった。
とくに歯医者のブッチには自信があって、最高4件の歯医者から逃げ出した記録を持っている。小学生の頃から歯医者逃亡選手権で全国大会を目指す決意を固めていたが、あいにく「自分の部屋に何冊エロ本を隠せるか選手権」と日にちがかぶっていたので、あえなく出場を諦めた。今も悔やまれる思い出である。

さて、仕事を定時で切り上げて、僕は歯医者へ赴いた。
診察台に寝転がる。

この後、男なら誰でも期待することがあるだろう。それをあえて記述する僕の勇気を讃えていただきたい。
寝転がる僕の脳天に、ふわりとやわらかい感触が触れる。
マスクをした歯科助士のお姉さんが僕を逆さにのぞき込む。前髪が僕の顔に向かって垂れていて、しかし後ろ髪は清潔感のあるポニーテールに仕立てている。肌は触れると溶けてしまうのではないかと思えるほど雪の白で、目は母猫のように優しく、色気があった。
そんなお姉さんの、胸の丘が、僕の脳天に触れた。

僕はそっと、目を閉じて、お姉さんの感触を確かめる。
死んでもいいと、思える瞬間であった・・・・。


つづく。


 

僕は石ころ。地球の誕生とともに生まれた。

人間なんかよりもずっと昔から地球上を闊歩していた偉大な存在なのに。今はどうだろう、さっきからとある少女にずっと蹴り飛ばされている。
赤いランドセルを背負った少女は、ご満悦な表情で僕の後を歩いてくる。
僕を蹴り飛ばすたびに、白いスカートがふわりと浮く。パンツが見えるぞ、と注意したくても、僕は石ころ、ただ転がることしかできなかった。
スタート地点は、小学校の校門。僕がどういう経緯で校門までたどり着いたかは覚えていないが、偶然的にこの少女に目を付けられたというわけだ。
どうやら「家までこいつを蹴って行く!」と意気込んでいたので、僕は少女の家まで転がされるようだ。
初対面なのに、すでに下校フレンドである。

少女に蹴られ続けて早10分。
到着したのは同じ町内にある神社だった。そこの神社は、誰も近寄らないことで有名だった。
境内にはコケやらカビやらが繁殖していて、息苦しいほどの荒れ具合だった。
「今日はここでセーブする!続きは明日!」と、少女は僕を持ち上げ、さい銭箱の裏に隠すように置いた。
ここなら雨に濡れなくて済むなと、僕は安心して腰を据えた。

しかし、次の日も、その次の日も、少女が僕を迎えにくることはなかった。
下校フレンドと思っていたのは、どうやら自分だけだったようだ。
そりゃそうである。僕は石ころ。ただの石ころなのだから。
きっと僕なんかよりスタイルの良い石ころを見つけて、今度こそ家まで蹴り飛ばしたどり着いたのだろうと、やきもちを焼いたりした。

それから数年、数十年の月日が流れた。
僕はいつも通り、石ころの仕事をやっていた。石ころの仕事とは、地球上に存在することである。
どっしりと、僕はまだ神社のさい銭箱の裏に置かれていた。
いつか僕がここに置かれた日のことを思い出した。
あのときの少女は、もうおばあちゃんになっているのだろうか。はたまた、もうこの世にいないんじゃないか。
そう考えると、涙が出るほど悲しくなった。
僕は石ころだ。涙を流す機能を神から与えられていない。しかし、悲しいという感情は僕の石肌をさらに冷たくした。少女との、たった10分の、旅だった。それでも僕を笑顔で蹴り飛ばしてくれた彼女を、僕は、忘れることができなかった。

ざわ・・・・と、神社を取り囲む木々の葉が揺れた。
こつ、こつ、と、石畳を歩く足音がきこえた。ゆっくりと、おぼつかない足取りでこちらに近づいてくるのがわかった。
さい銭箱の影が、ぬっと人型に伸びた。僕は、一気に緊張した。

僕を、細い指が、持ち上げる。
弱弱しく、握りしめられる。
しわがれた老婆の声で、「待たせたわね。なつかしいわ」とつぶやいた。
その人は、なんとなく面影のある懐かしい笑顔で、僕を見た。

僕と少女の、2度目の旅がはじまる。


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