盗んだバスで旅に出て、3日目のことだった。
僕は陸地に沿って弧を描くようにシーサイドを飛ばしていた。
波は穏やかだった。大海原の青は僕の冒険心を優しくなでて震わせた。
世界が“こんなに”なる前に、通販サイトで買ったサングラスをくいっと直す。秋の澄んだ空から、暖かみのある斜陽がバスと僕を包む。
僕は片手でハンドルを操作しながら、もう片方の手でラジオをつけた。
『隕石の落下まで、残り23日5時間30分……』
冷たい文字列と数値列を、録音された女性の声が読み上げる。
まったく、こっちは気持ちよく旅をしているのだから、ボブディランのひとつでもかけてほしいものである。
道路には、僕の運転するバス以外に車は走っていない。
こんなにも気持ちの良い秋晴れにも関わらず、釣り人ひとりすら見当たらない。
世界の破滅がすぐそこまで迫っているこんなときだからこそ、幸せを探して釣り糸を垂らすべきだと考えるのは、僕がフェミニストだからか、はたまた楽観的すぎるからか。
煙草に火をつける。さっき自販機をぶっ壊して手に入れたセブンスターである。
窓をあけ、冷たい空気を車内に入れる。僕は、自由を感じる。
”そのニュース”が世間を騒がせたのは、僕の18歳の誕生日、偶然にも10月10日の夜だった。
地球の13倍の体積をもつ隕石が、約31日後に落下してくる。なんともSF映画チックな話だが、どうやら事実らしかった。幸いにも、僕は厭世的思想にとりつかれた死にたがりであったため、ちょうどいい、首をくくる手間が省けたくらいにしか思っていなかった。
しかし、世界中の人間たちは狂い逃げ出した。どこへ逃げても、地球上からは脱出できないにも関わらず、だ。
なんとも滑稽である。
それから、テレビ放送がなくなった。今ではラジオが定期的に地球の寿命をカウントするのみとなった。
街から相当数の人間が消えた。どこぞの宗教団体が皆を連れて行ったという噂もあれば、東京の地下シェルターへ向かったとも聞こえてきた。
率先して犯罪集団を結成し、本能のまま女を襲う者も出てきた。滅びることが確定している世の中なのに、金銭を奪う者もいた。死を目の前にして、皆、生きたいように生きだした。
僕はというと、まずバスを盗んだ。路線バスではない、長距離も走れる観光バスである。運転技術に自信がなかったため、少々小ぶりなやつにした。
バスの運転手は、僕の夢だった。
セブンスターの紫煙は一瞬で窓の外に吸い出され、消えていく。サングラスの位置をもう一度直す。
最高に気分が良かった。残り23日、あてもない旅を決め込ませてもらう。
ぐぅっと、空腹を知らせるベルが上腹部から鳴る。
適当なスーパーマーケットでも探して食料を調達しようと、思考と目線をくるりと巡らせた僕は、
とらえたのだ。
視界のはしに、たしかにとらえた。
とらえて、反射的にブレーキを踏んだ。
バス停に、少女が一人。
黒いキャリーバッグを立てて持つ少女が一人、
来るはずのないバスの到着を待っていたのだった。
~つづく~
僕は陸地に沿って弧を描くようにシーサイドを飛ばしていた。
波は穏やかだった。大海原の青は僕の冒険心を優しくなでて震わせた。
世界が“こんなに”なる前に、通販サイトで買ったサングラスをくいっと直す。秋の澄んだ空から、暖かみのある斜陽がバスと僕を包む。
僕は片手でハンドルを操作しながら、もう片方の手でラジオをつけた。
『隕石の落下まで、残り23日5時間30分……』
冷たい文字列と数値列を、録音された女性の声が読み上げる。
まったく、こっちは気持ちよく旅をしているのだから、ボブディランのひとつでもかけてほしいものである。
道路には、僕の運転するバス以外に車は走っていない。
こんなにも気持ちの良い秋晴れにも関わらず、釣り人ひとりすら見当たらない。
世界の破滅がすぐそこまで迫っているこんなときだからこそ、幸せを探して釣り糸を垂らすべきだと考えるのは、僕がフェミニストだからか、はたまた楽観的すぎるからか。
煙草に火をつける。さっき自販機をぶっ壊して手に入れたセブンスターである。
窓をあけ、冷たい空気を車内に入れる。僕は、自由を感じる。
”そのニュース”が世間を騒がせたのは、僕の18歳の誕生日、偶然にも10月10日の夜だった。
地球の13倍の体積をもつ隕石が、約31日後に落下してくる。なんともSF映画チックな話だが、どうやら事実らしかった。幸いにも、僕は厭世的思想にとりつかれた死にたがりであったため、ちょうどいい、首をくくる手間が省けたくらいにしか思っていなかった。
しかし、世界中の人間たちは狂い逃げ出した。どこへ逃げても、地球上からは脱出できないにも関わらず、だ。
なんとも滑稽である。
それから、テレビ放送がなくなった。今ではラジオが定期的に地球の寿命をカウントするのみとなった。
街から相当数の人間が消えた。どこぞの宗教団体が皆を連れて行ったという噂もあれば、東京の地下シェルターへ向かったとも聞こえてきた。
率先して犯罪集団を結成し、本能のまま女を襲う者も出てきた。滅びることが確定している世の中なのに、金銭を奪う者もいた。死を目の前にして、皆、生きたいように生きだした。
僕はというと、まずバスを盗んだ。路線バスではない、長距離も走れる観光バスである。運転技術に自信がなかったため、少々小ぶりなやつにした。
バスの運転手は、僕の夢だった。
セブンスターの紫煙は一瞬で窓の外に吸い出され、消えていく。サングラスの位置をもう一度直す。
最高に気分が良かった。残り23日、あてもない旅を決め込ませてもらう。
ぐぅっと、空腹を知らせるベルが上腹部から鳴る。
適当なスーパーマーケットでも探して食料を調達しようと、思考と目線をくるりと巡らせた僕は、
とらえたのだ。
視界のはしに、たしかにとらえた。
とらえて、反射的にブレーキを踏んだ。
バス停に、少女が一人。
黒いキャリーバッグを立てて持つ少女が一人、
来るはずのないバスの到着を待っていたのだった。
~つづく~