名刀 彼の名は『こてつ』

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

FF14をはじめて、もう3年ほどになる。
だんだんと旅ができるエリアが増えて楽しい。

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写真はグリダニアという森林の街、その東側にカーラインカフェと呼ばれるレストランで撮ったスクショである。
オンラインゲームは自宅でできる最高の思い出づくりだと考える。
感覚としては、高校時代の部活に似ている。目的はあるのに、達成することよりも道中を楽しむことに重きを置き、だらだらと並んで時を歩む感じ。

そんなこんなで旅を続ける。
終わりもなければ、始まりもない旅へ。
 

春眠暁を覚えずという名言ならぬ迷言があるが、暁に目を細めて起床の伸びをする気持ちよさより、僕は布団にくるまってぬくぬくと惰眠をむさぼる気持ちよさの方が数倍うわてだと考える。

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人間の三大欲求の一つである睡眠欲。睡眠とは、心と体を正常に保つために夢の世界へ旅立つ自分を許すという神の慈悲であると解釈する。

惰眠の素晴らしさを身を呈して僕らに伝えるために、こてつくんは今日も堂々と昼寝をする。
朝起きてから眠り、昼ごはんを食べてから眠り、そして夜になると眠る。猫とはそういうものなのか。
そんな猫を横目に見て、僕もこたつにごろりと横になることにする。
夕暮れ時。晩ご飯まで、あと小一時間あるわけだし。
夢の中で、待つとしよう。


夏目漱石の『吾輩は猫である』という小説がある。
そこで登場する三毛猫の三毛子は、とても美人なメス猫で、飼い主にとても愛されている。
しかし、ある日突然体調を崩し、医者に診てもらうも結局はかえらぬ人(猫)となる。
飼い主は三毛子のためにお坊さんを呼び、お経をあげる。戒名までつけられ、立派な見送り方をするのだ。


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写真は、三毛子のような美人とはかけ離れた雑種道まっしぐらのアホ猫、我が家のこてつ氏である。
三毛子が体調を崩してから死に至るまで、ほんの1日程度の時間だった。

人間よりも猫の方が死に近い存在なのかもしれない。
というより、自身の病状を明確に伝えることができない猫にとって、病魔と闘うことはそれすなわち孤独の極みなのかもしれない。

猫は猫、人は人。人生ならぬ、猫生(無理やり音読みをしようとするなら、ビョウセイと読むべきか)をしっかり生き抜いてほしいと思う。いくらアホ猫といえど、我が家の家族である。

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