名刀 彼の名は『こてつ』

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

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猫とは非常に奇妙な生き物で、とはいえ僕は猫を飼った経験がこのこてつ一匹しかいないのだが、猫の行動を縛ることは不可能に近く、不可能というより試みることすら禁忌なのではないかと思わせる何かが存在する。

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『猫は人を役に立つペットだと思っている』という誰かさんの名言にある通り、僕らは彼ら(猫ら)を縛ることはできないのだろう。
物理的に縛ろうと思えば、首輪でも鎖でもつければいい。
しかし、そんな束縛は愚行であると思わせる雰囲気が、猫の琥珀色の瞳から漏れ出し、部屋中の(はたまた世界中の)空気を満たしていく。その空気が夜風とともに世界中をめぐり、猫が所有する自由を保障しているのだと、僕は考える。

ストレス発散の方法は人それぞれで、毎日晩酌をしている人もいれば、運動をしたり、はたまた旅行に行ったりする人もいる。

ではストレスの原因はなんだろう。
仕事、家事、人間関係、病気、孤独、・・・取り除こうとしても取り除けないストレスの原因の数々。しかし人生が終わるまで付きまとう足枷(人によっては逆に生きる意味に成り得る)を、僕らはストレスと呼び、溜まったそれを別の方法で発散しようとする。

さて、僕のストレス発散方法は至ってシンプルで。
自分で豆から挽いたコーヒーをすすりながら煙草をふかしたり、朝から晩までこたつに潜って読み物をしたり、はたまた車をとばして近くの温泉へつかりにいったり。
何の面白みもない生活である。(生活に面白みがないとしても、僕の人生が面白くないこととは決して同義ではないので、そこはあえて強調しておく)

ここで奇妙なのが、我が(もしくは貴方の)人生における生きる意味を考えたとき、仕事や人間関係などストレスを貯める作業の方に生きる意味を見出すのか、はたまた自由時間・余暇でのストレス発散自体に生きる意味を見出すのか、人間には2パターン存在するのではと僕は考える。
いや待て、ストレス自体を感じない特殊な人種も存在するやに聞いてるから、そういう不感症なやつらを含めたら3パターンか。
どちらにしろ、人生の意味や生きる糧は何かと考えたとき、必ずストレスという概念が議論の中に登場することであろう。

人は、人生に意味を持たせたがる生き物である。
僕の場合の生きる意味はさておき、あなたが思う『あなたの人生の生きる意味』が、今あなた自身の生活におけるストレスになっていないことを切に願う。

吾輩は猫である。名前はまだない状態だった彼は、幸運にも『こてつ』という立派な名を得ることができた。
生まれてまもなく、僕に拾われたからである。
猫も人間も、眠ることに快感を覚える生き物のようで、1日の半分はお気に入りのソファーで夢心地のこてつである。

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彼は我が家のカースト制を理解していないようで、自分が上位の地位にいる存在だと勘違いしている。鳴けば飯が出てくるものだと思っているし、眠るときはいくら邪魔になろうが人間の隣と決めているらしい。

これは由々しき事態である。
このまま育ってしまったら、成獣になったころには自分がこの家の王様だと勘違いしかねない。
その時は、無理やりにでも風呂に沈めて身も心も綺麗になってもらおうと思う。
そしたら、王族から出家した神父のような、一段と清らかで厳かな風格をまとうに違いない。


 

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