終わりの始まりは、光とともに訪れた。
黎明の刻、少女は目を覚ます。左腕で体をむくっと起き上がらせようと力を入れるも、肝心の左腕が消えていた。
ひじから下が、まるで透明人間のように消えている。
それが最初の消失だった。
飼い猫が、少女の残った右手をなめていた。

次の日の朝、曇天模様の空がカーテンから白く見えていた。目を覚ました彼女は、今度は自分の右足が消えていることに気づいた。
なぜか焦りや驚きはなかった。むしろ、スリッパが一つでよいじゃないかと喜ぶほどだった。しかし、スリッパのかわりに松葉づえが必要なことに気づき、それはそれで面倒だなとため息を漏らした。
猫は、持ち主をなくした片方のスリッパを噛んで遊んでいた。

次の日。今度は一気に腰から下が蒸発していた。
これで少女は、ベッドの上から身動きがとれなくなった。
猫は、仕方ないなぁと少女のお腹に乗ってあげた。
幸いにも、少女は残った右手で猫の頭をなでてあげることができた。
それが少女に唯一残された他者の接触だった。それが少女に許された最後の愛情表現だった。

さらに次の日、少女の顔の左半分が消えていた。
脳が半分、空気と化しても、意識はそのままなんだなと不思議な気分だった。

少女は、あと2・3日もすれば自分が完全に消えてなくなってしまうのだなと思った。
死を自覚すると、とたんに寂しく、悲しくなった。
涙がほほを伝って、猫の頭の上に落ちた。
猫はむくっと起き上がり、少女のあごにしずくとなって垂れる涙をなめた。

すでに右手の指は消えかけていた。
消える前にと、少女は手のひらで猫を撫でた。お前は私が飼い主で幸せだったか?なんて、今まで思ったこともない問いを口に出したりした。
少女は最後の力を振り絞って、残った顔半分を窓にこすりつけた。
10センチほど窓が開き、隙間風がさわやかに部屋中を駆け抜けた。

次の日の朝、少女の姿はなくなっていた。
片方のスリッパと松葉づえが無造作に転がっている部屋に、早朝の冷たい風が優しく吹き込んでいた。

猫は少女を愛していた。その愛は脚力となり、猫を世界の果てまで旅させた。
しかし、世界中をくまなく歩いても、猫は少女を見つけ出すことができなかった。それでも猫は諦めなかった。何年も、何年も、肉球に血がにじんでも、足の皮がはがれても、猫は少女を探し続けた。

猫が旅に出て8年目の冬。
とうとう力尽きて道端に倒れこんだ。いつか感じた冷たく優しい風が吹いてた。
もうろうとする意識の中で、たしかに、猫は感じた。
自分の頭をなでてくれるなつかしい感覚、そのやさしさ。なんとか目を開けようとするが、しかし猫にはもうその力すら残されていない。
少女が、自分を持ち上げて、ぎゅうっと抱きしめてくれた気がした。
これでやっと、安心して眠ることができると、猫は。