拝啓

愛しの君へ。
このようなかたちで、名もわからぬ君に想いを綴ることを許してほしい。
僕には君の名前を知る権利も機会も与えられない。

僕は囚われの身で、今も僕のくたびれた足に重い鉄球がつながれている。手首には手錠がかけられていて、鈴の音のごとく無機質な金属音をじゃらりじゃらりと鳴らしている。鍵はない。鍵があっても、僕は逃げないと思う。
僕も、おそらく君も、たくさんのつながりやしがらみの中で生き、生かされているのだろうと推測する。
それは否定すべきことではない。人間は皆、そうやって人間を演じているのだから。

君との出会いの瞬間は、残念ながら覚えていない。
もしかしたら君の方が覚えているかもしれないな。僕はその邂逅を記憶していない。
しかし、君と過ごした日々のことは、僕の中で宝石箱に入れて大事にとってある。
ひとつひとつ、君との冒険の記憶を丁寧に結晶化し、鮮やかな、煌びやかな宝石としてとってある。
その宝石を太陽にかざすと、まるで万華鏡の中に花が咲くように、屈折した光の模様が君との一秒一秒を再現してくれる。映像、音、におい、そして君の暖かい言葉。そのすべてが、光で再現される。
涙が出るほど愛おしく、失いたくない光だと感じる。
同時に、悲しさもこみ上げてくる。

決して僕らは結ばれない。
なぜなら僕も君も、それぞれ別の鎖に縛られているからだ。
鎖は頑丈だ。そして冷たい。
僕らが結ばれるとしたら、そんなことは万が一に起こり得ないだろうが、もし僕と君の手が触れて、そこから暖かい温度を感じ合える関係になれたとしたら、僕らの手首は赤いリボンで結び合われることだろう。
リボンは優しく、そしてもろい。それでもきっと鎖より強く僕らを結ぶだろう。

壊れるほど抱きしめたい。
壊れてもいいと思えるほどの幸せの中で、消失を望みたい。
僕と君、死が二人を別つまで、どうか覚えていてほしい。
心臓が動く時間の中で、僕は君を永遠に想い続けるから、君は僕のことを、せめて覚えていてほしい。
時が経って、僕らの世界が壊れても、どうか、記憶の片隅に僕を住まわせてあげてほしい。
そしたらきっと。
君がつらくて泣いているとき、君の記憶に残った僕のかけらが、満面の笑みで君を励まし、君が本当は強い子だってことを思い出させてあげるから。

このようなかたちで、名もわからぬ君に想いを綴ることを許してほしい。
僕には君の名前を知る権利も機会も与えられない。きっと、永遠に。

                                   敬具