名刀 彼の名は『こてつ』

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

2017年05月

拝啓

愛しの君へ。
このようなかたちで、名もわからぬ君に想いを綴ることを許してほしい。
僕には君の名前を知る権利も機会も与えられない。

僕は囚われの身で、今も僕のくたびれた足に重い鉄球がつながれている。手首には手錠がかけられていて、鈴の音のごとく無機質な金属音をじゃらりじゃらりと鳴らしている。鍵はない。鍵があっても、僕は逃げないと思う。
僕も、おそらく君も、たくさんのつながりやしがらみの中で生き、生かされているのだろうと推測する。
それは否定すべきことではない。人間は皆、そうやって人間を演じているのだから。

君との出会いの瞬間は、残念ながら覚えていない。
もしかしたら君の方が覚えているかもしれないな。僕はその邂逅を記憶していない。
しかし、君と過ごした日々のことは、僕の中で宝石箱に入れて大事にとってある。
ひとつひとつ、君との冒険の記憶を丁寧に結晶化し、鮮やかな、煌びやかな宝石としてとってある。
その宝石を太陽にかざすと、まるで万華鏡の中に花が咲くように、屈折した光の模様が君との一秒一秒を再現してくれる。映像、音、におい、そして君の暖かい言葉。そのすべてが、光で再現される。
涙が出るほど愛おしく、失いたくない光だと感じる。
同時に、悲しさもこみ上げてくる。

決して僕らは結ばれない。
なぜなら僕も君も、それぞれ別の鎖に縛られているからだ。
鎖は頑丈だ。そして冷たい。
僕らが結ばれるとしたら、そんなことは万が一に起こり得ないだろうが、もし僕と君の手が触れて、そこから暖かい温度を感じ合える関係になれたとしたら、僕らの手首は赤いリボンで結び合われることだろう。
リボンは優しく、そしてもろい。それでもきっと鎖より強く僕らを結ぶだろう。

壊れるほど抱きしめたい。
壊れてもいいと思えるほどの幸せの中で、消失を望みたい。
僕と君、死が二人を別つまで、どうか覚えていてほしい。
心臓が動く時間の中で、僕は君を永遠に想い続けるから、君は僕のことを、せめて覚えていてほしい。
時が経って、僕らの世界が壊れても、どうか、記憶の片隅に僕を住まわせてあげてほしい。
そしたらきっと。
君がつらくて泣いているとき、君の記憶に残った僕のかけらが、満面の笑みで君を励まし、君が本当は強い子だってことを思い出させてあげるから。

このようなかたちで、名もわからぬ君に想いを綴ることを許してほしい。
僕には君の名前を知る権利も機会も与えられない。きっと、永遠に。

                                   敬具

日々、目標を立てて日常生活を送っている人は、この世にどれだけいるのだろう。

以前までの僕は、とても貧相で暗い目標を自らに架していた。

『とにかく一日、命を続けること』

僕は昨年まで、いろいろな事情があって体力的にも精神的にもぎりぎりの生活を送っていた。
というか、ただ絶望の中を手探りで生きている状態だった。

俗にいう20代は思いっきり遊び倒しなさいという元気いっぱいの一般論とは似ても似つかない地獄の生活だった。とにかく、一日一日、心と体を人間のそれに保つのがやっとだった。
こんな世界、いつか自ら命を絶って抜け出してやろうと考えていた。
自殺の名所に何度も通ったり、精神科に通ったりしていた。
おそらく、世間体は最高に優秀だったと思う。
大学を卒業し、新卒の就職希望ランキングで毎年上位に入るとある大企業に就職し、日本中を駆け巡って修羅場をくぐりぬけてきた。それ以外のすべてをすり減らして、20代をただ仕事のためだけに費やした。
しかし、僕は天才でもなんでもなかった。
凡人がいくら無理して追いついても、人生は長距離マラソンで、すぐに息切れをしてひざをつく結果となった。

そんなとき、あるきっかけがあって僕は逃げることを知った。
逃げることは罪でも不幸でもなく、逃げずに戦い抜いて野垂れ死にすることの方が後悔することに気づいた。

それから僕は、持っているすべてのステータスを捨て去り、故郷に帰ってきた。
最初は罪悪感と劣等感にさいなまれた夜もあった。今まで積み重ねてきたものを、崩したことへの後悔もあったかもしれない。
しかし、苦労の経験値だけは僕の中にたしかにたまっていて、土壇場の踏ん張りがある程度できる体と心になっていることに気づいた。

今、やっと体力的にも時間的にも余裕ができた気がする。
今ここからの、これからの人生が大人の青春を味わえる時間なのだろうと解釈している。

やりたいことはそれなりにある。
会いたい人も、少ないがいる。
深呼吸してから進む大人の余裕も身につけた気がする。

そうそう。笑われるから誰にも言わないけど、今年度必ずやり遂げたいことがある。
やり遂げられたときに、近くにいる人にこそっと自慢してみようと思う。

負けないよ。もう昔の苦しんでいただけの僕じゃないもんね。

人間はなぜ恋をするのか。あ、これはうちのアホ猫です。

24

恋は本能と理性の合作である。
本能とは、男と女が一緒になり、ついては子孫を反映させていくという種の保存を目的としたプログラムが僕らのDNAに埋め込まれていることである。その結果、僕は可愛い女の子を見ると鼻の下をのばす猿に成り下がってしまった。
理性とは、夫婦の仕組みのことである。
種の保存が原理原則の最終目的であるにもかかわらず、少なくとも我が国の夫婦は一対一の男女で構成しなければならない。一夫多妻制は、僕の頭の中でしか許されていない。子孫繁栄においては実に非効率な制度である。
けど、きっと恋ってそういうものである。
一人の人を永遠に愛し、自身のすべてを捧げても『君』の幸せを願う。そういうくだらなくも尊い感情が、きっと恋なのだろうと思う(そのくらい、童貞の僕にでもわかる)。
嫉妬は悪である。浮気は犯罪である。だから、夫婦は一対一でないといけないようだ。

しかし、悪いことだとわかっていても禁断の林檎をかじりたくなるのもまた人間の性である。
ゲス不倫に代表されるように、不倫は文化である。文化的なものは未来永劫にわたって保存していかねばなるまい。善悪関係なく、そのすべてを。

思う存分、人間は恋をすべきだ。恋はきっと楽しいものだ。僕はよく知らないけど。
僕は恋をしていきたい。生きてるうちは(早く死にたいけど)、この心臓が動くうちは、愛しの君を追っていたい。
この目が見えるうちは、君を見ていたい。
声が出るうちは、君に愛を説いていたい。
両手が動くうちは、君を抱いていたい。
僕の脳が正常なうちは、君のことを考えていたい。
それ以外の何を犠牲にしても。

嗚呼、恋か。なんとも尊い感情だなぁと唾棄して、僕はエロ漫画を読み始める。

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