名刀 彼の名は『こてつ』

ある日、僕は子猫を譲り受けた。猫の名は『こてつ』。爪と牙は血に飢えた日本刀のごとく鋭く、黒と茶の縞模様は悪魔を召喚する魔法陣のように規則正しい幾何学模様をなしている・・・!!!

カテゴリ: 雑記・日記

僕には、万引きGメン系のエッチビデオやエッチな本が好きな友人がいる。

店長「おいおい奥さん!そのバッグの中に入れたもの出しなさい」
奥様「・・・・スッ。」
店長「このちくわ、会計すんでませんよね!?」
奥様「お願いです!旦那には黙っていてください!」
店長「黙っていてほしければ、・・・・わかりますね?」

----みたいなところから始まるなんとも心あたたまるストーリーである。
友人いわく、店長に感情移入をするというよりは、従わざるを得ない奥様の方に気持ちをもっていかれるとのことである。
彼は言う。寝取られモノは文学である、と。

さて、人の趣味趣向は肯定してもよいが、むやみに否定するものではないと僕は考える。
友人がもう普通のいちゃラブ系ではぴくりとも反応しないポークピッツの持ち主になってしまったとしても、それは彼の生き様である。僕らがどういう言える立場ではない。
さらに言えば、某レンタルビデオ店の黒いのれんの向こう側には様々なエデンが広がっていて、男がふんどしで戯れるものだったり、またはロウソクやムチで攻められて喜ぶおっさんの物語だったり、僕のような未熟者が手にとってはいけないDVDがところ狭しに並んでいる。
しかし、それらは確かに、需要があるからそこに存在しているのだ。

需要とは、人間の出した答えであり、意思である。
その一つのかたちが、そう、彼の崇拝する万引きGメンなのである。

もし君の趣味を馬鹿にする者が現れても、恐れないでほしい。
君の心にも、万引きGメンがついているのだから。

高校生時代、卒業を目前に控えた僕らに担任の先生はこう言った。

『人は、平等ではない。しかし、時間は平等に与えられるものである』

なんとも普通の言葉である。
感動のひとつも沸かない。だいいち、30歳で事故死する人間もいれば、100歳で老衰死する人間もいる中で、はたして与えられた時間は平等だろうか。などと、屁理屈を垂れた思い出がある。

100歳まで生きた老婆より、若くして事故死した若者の方が不幸な人生だったかどうかは、誰もわからない。もともと人間の幸せを正しく計るスケールなどこの世に存在していないし、そのメモリも個人差があるだろう。

一日が24時間であることは、確かに平等である。
しかし、ブラック企業に勤めて一日15時間ほど働く人には余暇などあり得ないだろう。
定時で帰宅できる公務員(公務員に対する偏見だが)であれば、アフターファイブに趣味を楽しむことができる。24時間というタイムリミットは同一だが、その使い方は不平等であろう。

では、先生が言った『時間は平等である』という言葉の真意は何なのか。

僕なりの解釈は、こうである。
この世に神が存在するとしたら、それこそが『時間』という概念ではないかと。
時間が経つにつれて、生き物は劣化していく。
細胞は分裂するとき、100%の情報を複写することができない。細胞内の核にインプットされた情報の欠落が、老いとして生き物をむしばんでいく。時間が、それらすべてを運んでいく。
形あるものはすべて、時間に支配されている。平等に、支配されているのだ。
時間が世界を掌握し、神として君臨している。これが、絶対的に『時間』という概念が皆にとって平等に強敵であるということであり、先生の言葉の僕なりの解釈である。

そこから導き出される結論は、時間軸上を一定スピードで進む地球という船に乗った僕らは、決して時の流れに逆らえないということである。

相対性理論によると、光よりも早い速度で移動することでタイムスリップが可能だと論じていた気がするが、あえてそこには触れまい。(というか、細かい理論を論じられるほど、僕はそれに精通していない)

ただ、「1年早いねー。月日が過ぎるのは早いねー」などというため息をよく耳にするが、なんとも愚かであるということだ。時間という神に運んでいただいているという自覚が足りない。もっと、時間の経過を意識すべきである。

ということで、気がつけば今年も残り1ヶ月と半分。
本当に、時が経つのは早いよなぁ。(←この一文が書きたかったがために、ここまでの駄文すべてを記したことは察してほしい)


こんばんは。ヤイリです。

夜がふけてきました。雨もしとしと冷たく降っています。
野良猫たちが風邪をひいていなければいいのですが。
きっと空には分厚い雨雲が広がっているのでしょう、星も月も、地上に住む僕には見えません。
ランタン型の街灯が等間隔で並列し、そこに道があることを示してくれます。
僕らはそうやって、先人たちが敷いたレールの上を進むのでしょう。

さて、今年も残り2ヶ月をきりました。
時は目に見えない早さで僕らを終焉へと運んでいきます。

2017年に掲げた目標をほぼ何一つ達成していない僕であります。
目標は具体的に、以下の通り。

1.長編小説を執筆する。
→ほぼ進展なし…。プロットもどきをいくつかつくったけど、本当はもっとがっつり取り組みたかった。文章を書くことで一定のストレスが解消されるので、これは引き続きやっていく。

2.本を10冊読む。
→小説としてはたぶん3~4冊くらいしか読めなかったと思われる。今読んでる夏目漱石も、挟んだしおりをうちのアホ猫が毎回引っこ抜くので、いつも最初から読み返さなければならなくなる。

3.一人旅をする。
→これが達成できなかったことは、非常に残念である。なぜなら、やる気次第で達成できるからだ。まだ今年は残り1ヶ月半あるので、ぜひ一泊二日でいいから試みたいと考えている。

4.○○を○○する。
→口に出すのもはばかれる内緒の目標のため、内容は伏せておく。

自分自身の生活や所作を振り返ると、だいたい自らの情けなさを痛感する結果となる。
やる気と行動力次第で達成可能だったにも関わらず、なぜ何も為さずに一日が終わるのだろうか。

世間では、自殺志願者が9人も殺害される事件がありましたね。
殺人はいけないことですよ!当たり前ですよね!たぶん!

ただ、自分の命は自分のために使って死にたいというのが僕の持論です。
なので、ぶっちゃけ言って自殺は否定しません。
自分の大事な人が自殺しそうだったら止めますがね。なぜなら、僕が生きる上で、その人に生きていてもらった方が好都合だからです。決してその人のためではありません。

僕の命も、基本的には僕自身のために使うつもりです。なので、今年もあとわずかですが一秒一秒の命のタイムリミットを、心臓の鼓動一回一回を、ちゃんと意識的に『使用』していきたいと思います。

まずは、そうだな、一人旅の計画だな!
考えます。

ロバの馬車に揺られて、夜の荒野を進む。
旅の目的地は、ガイコツたちが踊る死者の世界。
無愛想な荒野の風が、塵や砂を馬車の木目に打ち付ける。
ワラが敷かれた荷台に、僕は眠る。
ごわごわした重たい毛布を体に巻いて、丸くなる。
ふと頭を起こして空を仰げば、満天の星空が青く光る。
何万光年も離れた星の光は、乾いた空気を貫くように荒野を照らす。
星座は正しく夜空を飾る。まるで一枚の絵画のごとく、僕はその壮大な景色の一部になる。

人はなぜ旅をするのか考えてみた。
故郷とは、人間に生まれたなら誰しもが持っている大切な場所である。
生まれた家や、駆け回った路地裏、手料理のにおい。そのすべてがかけがえない記憶として脳に焼き付いていて、愛おしい痛みと懐かしさで僕らを酔わす。
すでに壊れてしまった光景だったとしても、失ったことを皆が憂う。
もう会えない笑顔を思い出して涙を流す。
ほほをつたった涙の通り道は、荒野の冷たい風に吹かれても暖かく感じる。
その冷たい暖かさで、自分が今まで生きてきて、そして今も生きていて、これからも生きながらえるという幸福と絶望を同時に感じさせてくれる。
旅は、置いてきた過去の意味を教えてくれる。
ロバはきらきらした瞳でしっかり前を向き、僕と馬車を運ぶ。
僕は前を見ず、ただ一生懸命星空を眺める。綺麗な世界以外を視界に入れぬよう、ひとつでも多くの星光を瞳に集める。

向かうは死海。
生きながらえた者が例外なく背負うこの世からのお別れを、ただ神々しく想像して、ひらすら進む。
ロバは脳天気に歩を進める。
僕は朝日など昇るなと願って目を瞑る。

意識が遠のく。
目的地は、おそらく死者の都。
夢と現実の狭間で、ガイコツたちは踊りながら僕の弱った体を歓迎する。
ロバは、僕の魂を置いてけぼりにして、それでもなお地平線に向かってただひたすらに進んでいく。


拝啓

愛しの君へ。
このようなかたちで、名もわからぬ君に想いを綴ることを許してほしい。
僕には君の名前を知る権利も機会も与えられない。

僕は囚われの身で、今も僕のくたびれた足に重い鉄球がつながれている。手首には手錠がかけられていて、鈴の音のごとく無機質な金属音をじゃらりじゃらりと鳴らしている。鍵はない。鍵があっても、僕は逃げないと思う。
僕も、おそらく君も、たくさんのつながりやしがらみの中で生き、生かされているのだろうと推測する。
それは否定すべきことではない。人間は皆、そうやって人間を演じているのだから。

君との出会いの瞬間は、残念ながら覚えていない。
もしかしたら君の方が覚えているかもしれないな。僕はその邂逅を記憶していない。
しかし、君と過ごした日々のことは、僕の中で宝石箱に入れて大事にとってある。
ひとつひとつ、君との冒険の記憶を丁寧に結晶化し、鮮やかな、煌びやかな宝石としてとってある。
その宝石を太陽にかざすと、まるで万華鏡の中に花が咲くように、屈折した光の模様が君との一秒一秒を再現してくれる。映像、音、におい、そして君の暖かい言葉。そのすべてが、光で再現される。
涙が出るほど愛おしく、失いたくない光だと感じる。
同時に、悲しさもこみ上げてくる。

決して僕らは結ばれない。
なぜなら僕も君も、それぞれ別の鎖に縛られているからだ。
鎖は頑丈だ。そして冷たい。
僕らが結ばれるとしたら、そんなことは万が一に起こり得ないだろうが、もし僕と君の手が触れて、そこから暖かい温度を感じ合える関係になれたとしたら、僕らの手首は赤いリボンで結び合われることだろう。
リボンは優しく、そしてもろい。それでもきっと鎖より強く僕らを結ぶだろう。

壊れるほど抱きしめたい。
壊れてもいいと思えるほどの幸せの中で、消失を望みたい。
僕と君、死が二人を別つまで、どうか覚えていてほしい。
心臓が動く時間の中で、僕は君を永遠に想い続けるから、君は僕のことを、せめて覚えていてほしい。
時が経って、僕らの世界が壊れても、どうか、記憶の片隅に僕を住まわせてあげてほしい。
そしたらきっと。
君がつらくて泣いているとき、君の記憶に残った僕のかけらが、満面の笑みで君を励まし、君が本当は強い子だってことを思い出させてあげるから。

このようなかたちで、名もわからぬ君に想いを綴ることを許してほしい。
僕には君の名前を知る権利も機会も与えられない。きっと、永遠に。

                                   敬具

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